読み切り短編小説|ジェントリー・ウィープス

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まえがき

 

ビートルズの曲の中で『サムシング』と並んでジョージ・ハリスンの名曲に挙げられるのが『ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス』であることは衆目の一致するところだろう。

また、ジョージによる楽曲自体も素晴らしいが、エリック・クラプトンビートルズとして初めて外部からのギタリストとして参加し、ギターファンを大いに唸らせる渋い泣きのギターを披露していることでも有名だ。

この今や伝説化している歴史的セッション、ビートルズ&クラプトンのコラボレーション曲に関して、その経緯や裏側には諸説囁かれており、本当のことはジョージ亡き今、クラプトンが胸に秘めているのみだ。

この小説は筆者が収集した情報から、情報の欠ける部分は想像を逞しくして描いた。あくまで「小説」として楽しんで頂ければ幸いである。

 

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https://rockinon.com/blog/kojima/157472

オリジナル・ブログ短編小説

『ジェントリー・ウィープス』

 

「彼ら二人は自分たちの曲で10曲ぐらい録り終わらないかぎりは、僕の曲なんて一向に見向きもしない」ジョージ・ハリスンは隣、つまり運転席でハンドルを握る友人にそう言った。

彼と友人は今、先ほどまで一緒に寛いでいた友人宅から、友人の自家用車でアビイロード・スタジオに向かっていた。

「本当かい?」訝しげに友人は返した。

「本当さ。10曲ほど録り終えたら、1曲ぐらいはジョージの曲も録音してやろうかって感じなんだ。それだけじゃない・・・」

「他にもあるのか?」友人はハンドルを握りつつも、一瞬ジョージの横顔を振り向いてそう言った。

 

ジョージは諦観のこもったため息を漏らしながら続けた。

「彼らは・・・その1曲だって、真剣に取り組みゃあしないんだ。お遊びだよ。ポールは歌を邪魔するかのような音数の多過ぎるベースラインを平気で弾くわ、ジョンはジョンでトリッキーなギターのフレーズを入れては悦に入っている。リンゴだけさ・・・真剣に演ってくれるのは」

「うーん・・・ちらっと噂には聞いていたが、そこまで彼ら二人が傍若無人になっているとはね・・・」

 

友人は右手でハンドルを握ったまま、空いている左手でシャツの胸ポケットから煙草を一本器用に抜き取って口にくわえ、顔は前方に向けたまま、左手でシガーソケットを抜いてタバコに火を点けた。

ジョージはさらに続ける。

「ここ最近の四回は、僕の新しい曲『ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス』も録音したけれど、そんな感じだから最初から三回は全テイクが没さ。前回、そう四回目にやっとリズムトラックが確定したところだ」

友人は煙を吐き出して言った。

「そうかい・・・ジョージも大変だね。でも、今日君が弾き語りで聴かせてくれたあの曲はとても素敵な曲だな。ビートルズの楽曲の中でも、異彩を放つと思うんだ、僕は。だから、バンドとして充実した演奏レベルで録音して欲しいと切に願うよ。いちビートルズファンとしては・・・」

 

友人の言う通り、『ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス』は多くの人が共鳴できる美しくも切ないメロディラインと曲想を孕んだ、素晴らしい楽曲だった。

  

ジョージはその頃、中国の「易経」の書物を持っていたが、そこで示される原理は「すべての物事は起こるべくして起こるものであり、偶然などひとつもない」といった東洋哲学に貫かれていた。

ジョージは新しい曲を書こうと考えた時に、この易経の考え方を念頭に置いてこう考えた。少し前に自分が両親の家に戻る機会があったのだが、行く前に決めたのが一番最初に出会う言葉をモチーフに曲を書き始めようということだった。

 

そして実際に家に戻った折、書棚から適当な本を抜き取り、適当に開いたページに書かれていた言葉が『Gently weeps』であった。

そこから想像力と創造力を最大限に膨らませて、あの名曲が出来上がったのだ。

ジョージ自身もその曲を気に入っていたので、メンバー間の不協和音の中ではあるが、良い雰囲気で録音をしたいと願っていた。

 

「ところでエリック。君の方のバンドのとうとう解散するらしいって噂こそ、あれ本当なのかい?」とジョージは話題を友人の方に寄せる。

 

「えっ・・・うちの方かい?う・・・ん・・・」

「ジンジャーとジャックは相変わらず犬猿の仲なのかな?」

「どんどん、エスカレートしてきてね・・・どこのバンドも色々あるもんだけど、あの二人の仲の悪さは異常だ。実は4ヶ月前のアメリカツアー中も、彼らは見栄の張り合い、意地の張り合いだった。協調なんて・・・ほど遠い」

 

エリックと呼ばれた友人のフルネームはエリック・クラプトン。当時はスリーピース(3人編成)のブルース・ロックバンド「クリーム」のギター兼ボーカルだった。このバンドにリーダーは存在しない。各人がそれぞれ高い演奏能力と感性を持ち合わせていたからだ。

他の二人、ベース兼ボーカルのジャック・ブルースとドラムスのジンジャー・ベイカーは二人とも実は元はジャズ畑の人間だった。元々二人とも、多くのロックミュージシャンとは一線を画す、高度な演奏技術を持っていた。

バンドの成り立ちはジンジャー・ベイカーが、ヤードバーズで規格外の活躍を見せつけ脱退後はブルースブレイカーズに在籍していたいたエリック・クラプトンと、新しいバンドを作りたいという希望を抱いたところから始まった。

ジンジャーはエリックに出会う機会を作って、その構想を打ち明けてバンド結成を呼びかけた。エリックはジンジャーに一目置いていたので一つの条件をつけてOKした。その条件がベースに、当時マンフレッド・マンに在籍していたジャック・ブルースを迎えることだった。

エリックはかつてアメリカ資本のレコード会社エクストラ・レコードのイギリス進出時の企画ものでセッション・オムニバスアルバムを作った時の共演を通して、ジャックの演奏技術とボーカルの巧さに感銘を受けて、一緒にバンドをやりたいと願っていたからだ。

ジンジャーはしぶしぶその条件を飲んでバンドが結成されたが、実は彼とジャックは以前に同じバンドで演奏していた時期があり、その頃から仲が激しく悪かった。それがついに限界にきたのだ。

 

「もうあの二人もお互いに限界がきて、僕にももはやなす術はなかった。なにせステージ中に僕が演奏を中断しても、彼らは気づかない感じだった。それぐらい自我に凝り固まっていたんだ・・・二人とも」

 

どのようなバンドも・・・ビートルズにせよクリームにせよ、バンドというものはメンバーのエゴイズムがある一線を超えた時に、崩壊のシナリオに入ってゆくものなのだろう。

他人事ではない話に、助手席で真摯に耳を傾けていたジョージだが、突然何かを思いついたらしく、大きい声で唸った。

「あぁっ・・・そうか・・・そいつはいいぞ!」

驚いたエリックはジョージの方を一瞬振り向いて、また視線を前方に戻す。

「エリック!君に頼みがある。スタジオに着いたら僕と一緒に中に入って、僕の例の曲でリードギターを弾いてくれないかい?」

エリック・クラプトンは面喰らって、前方を向いたまま大きくかぶりを振った。

「い、いやいやいや・・・ジョージ・・・いくら君の頼みとはいえ、天下のビートルズだぜ?僕がリードギターなんて恐れ多いよ、いくらなんでも・・・」

 

ジョージは数秒の沈黙ののちに、ゆっくりと、しかし力強くこう言った。

「あの曲はビートルズの曲である以前に、この僕・・・ジョージ・ハリスンの曲なんだ。そのジョージが君に参加してくれと頼んでいるんだよ?」

さらにジョージは続ける。

「君の参加は、おそらくギクシャクしたメンバー間に、いい意味での緊張をもたらすカンフル剤になると思う。ジョンとポールが、新進気鋭のギタリスト二人・・・クリームのエリック・クラプトン・・・君と、レッドツェッペリンジミー・ペイジには一目置いていて、非常に興味があると以前雑談で話していたから。きっと素晴らしいセッションになるさ」

 

エリックはジョージの話に頷きながらも、最後の抵抗にこう言った。

「でも、今日は僕はギターを持ってきちゃいないよ。そんな予定ではなく、ただスタジオまで送ってあげるだけのつもりだったから・・・」

それを聞いてジョージはニコッと微笑んだ。

深い笑い皺が、ジョージの哲人めいた人相を一変させて、人懐っこいかんばせに仕立て上げた。

「それなら心配ない!先月、君が僕に譲ってくれたギブソンレスポール・・・いや、『ルーシー』だったね・・・彼女がスタジオにいる。彼女なら君も扱い慣れているだろう?」

それを聞いてエリックは返す言葉がなく、覚悟を決めて深く静かに頷いた。

ジョージ・ハリスンが友人エリック・クラプトンの自家用車に乗せてもらってアビイロード・スタジオに向かう車中の会話に端を発した、音楽史上に残る伝説のコラボレーションのお膳立てが、こうして整ったのであった。

  

ほどなくクラプトンの車はアビイロード・スタジオに到着した。

1968年9月6日、エリック・クラプトンジョージ・ハリスンの後について、ビートルズ初のゲストギタリストとしての栄光を感じながら、かすかに興奮しつつ白亜の建物に入っていった。

スタジオの重いドアをジョージが開くと、すでに他のメンバー三人は到着しており、思いおもいに寛いでいた。

 

先月の『バック・イン・ザ・U.S.S.R.』の録音中に、ミスをポールにからかわれたのが引鉄となって一時的に脱退していたリンゴも先日から復帰しており、エンジニアとチェスに講じていた。

そのリンゴ・スターが、いちはやくエリック・クラプトンの存在に気づいた。立ち上がりにこやかな表情でエリックに近づいたリンゴはエリックに右手を差し出し「お会いできてとても光栄です」と言った。

二人が和やかに挨拶を交していると、それぞれ楽器をいじっていたジョン・レノンポール・マッカートニーがほとんど同時に視線を向けて、おおっと感嘆を漏らした。

ポールは先んじてエリックの前に進み、抱きつかんばかりにやや大げさに感激を表現した。心の中までは解らないが、屈託のない満面の笑顔には人を惹きつける魅力がある。エリックも初めて対面するポールの魅力に惹き寄せられて、両手で固い握手を交わした。

そして涼しい眼のジョンが、聖人のような佇まいで厳かにエリックに近づき、「ようこそ、アビイロード・スタジオへ」と言いながらゆっくりと、しっかりとエリックの手を握った。

 

エリック・クラプトンジョージ・ハリスンにもちろん敬愛の念を持っていた。そして初めて会うジョージ以外のメンバーそれぞれにも、やはり「超一流」は違うと思わせてくれる・・・オーラという言葉ではまだ軽いような、大いなる何ものかを内に秘めているのは間違いないと感じた。

ジョージがスタジオ内にいる全員に向けて、改めてエリック・クラプトンを紹介し、自分の曲でリードギターを担当してもらうことを告げると、ビートルズの他の三人と他のスタッフも含めて、全員が感嘆のどよめきを生み、自然に拍手が起こった。

スタジオには和やかで晴れやかな空気が確実に生まれ始めた。それを感じて、ジョージはエリックの方を向いて微笑むと、珍しくやや上気した彼も喜びの笑みを返した。

そこへプロデューサーのジョージ・マーティン、後に五人目のビートルズと呼ばれた男がエリックに近づき、にこやかに左手でエリックの肩を揺すり、右手で強い握手を交わした。

メンバー四人とエリック、ジョージ・マーティン、そしてエンジニアの簡単な打ち合わせののち、練習を兼ねたセッションが始まろうとしていた。

この時何を思ったか、エリックはプロデューサーのマーティンに近寄り、こう囁くように言った。

「できるだけクラプトンっぽくない音にしてもらえませんか?」

ジョージ・マーティンは不思議そうにエリックを見つめたが、深い意味を詮索せずにわかったとばかりに頷いて返した。

 

心地よい興奮を感じながら、エリックはジョンとポールに目を向けた。ジョージの予想通り、二人とも真剣な面持ちでスタンバイしている。おもむろにリンゴがドラムスティックでカウントを取り、曲が始まった。

ポール・マッカートニーはいつもよりトレブル(高音)を上げた硬めの音でベースを弾き始めた。あきらかにエリック・クラプトンを意識している。ジョンとリンゴはマイペースだが、心なしかいつもより楽しげであるのをジョージは感じ、ホッとした。

初めてのセッションながら、エリックのギターは素晴らしかった。

ジョージの切々と歌うボーカルにつかず離れず絡むが、もちろんあくまでもセッションミュージシャンとしての立場をわきまえて、ビートルズの音楽性の範疇を意識して弾いていた。

 

ポールもジョンも、エリックのスローハンドと呼ばれる珠玉の演奏を目の当たりにして感銘を受けているようだ。いつものふざけた様子は微塵もなく、「襟を正す」ような雰囲気で、録音に取り組んでいる。

何度かセッションを繰り返し、その全てが録音されていたので、エリック・クラプトンは羨望を感じた。

というのも、現在はデジタルなので想像しがたいが、当時はアナログ録音であり、テープは決して安価ではなく、どちらかといえば貴重品だった。

だからこそ、クリームの場合は録音するまでの練習やリハーサルを徹底しておこない、本番の録音は最低限のテイク数でこなしていたのだ。

ところが、この頃のビートルズは成功したおかげでテープを惜しまず、リハーサルに近い段階からほとんど録音して、いい状態のものを使う手法を取っていたのだ。

 

曲のエンディング部分のギターソロを録ったテイクは、凄かった。一発で皆が納得するほど、惚れ惚れするソロをエリックは弾いてのけたのだ。

ジョージ・マーティンはエリックのリクエストを受け、本来アーティキュレーション・・・つまり音の滑舌がよいのがクラプトンのギターの特徴なので、本来の音に、微妙にピッチのずれた複数の音を足すミキシング処理で、クラプトンらしくない音を目指した。

しかしながらその処理がエリック・クラプトンチョーキング・ビブラートの絶妙さと相まって、幽玄で甘美かつエモーショナルな音を作り出し、プレイの素晴らしさをさらに際立たせていた。

 

エリックは楽しく伸び伸びと、ブルージーにリリカルに・・・会心のプレイができたと自ら感じていた。彼がビートルズに化学反応を与えたように・・・彼自身もビートルズによって化学反応を起こしたのだろう。

あまりの素晴らしいギターワークに、エンディングのソロパートの録音が終わった後にはメンバー並びにスタッフ全員が、スタンディングオベーションで感動を表現した。

 

すべての録音が終了した後に、エリック・クラプトンジョージ・マーティンに近づき、こう言った。

「僕の名前はクレジットしないで頂きたいのです、マーティンさん」

その言葉から、具体的には知りようもないが、一言では到底言い尽くせないエリックの様々な想いの存在だけはしっかりと感じたジョージ・マーティンだった。

そして、マーティンはエリックに茶目っ気あるウィンクを送り、「約束するよ」といって親指を立てた。

約束通り、後に出された『ホワイトアルバム』にもシングル版にもエリックが参加した痕跡はない。

 

この時のギター『ルーシー』をジョージは愛したが、やがて盗難に遭うことになる。

そしてその盗品のルーシーが売られた先の持ち主が判明したとき、ジョージ・ハリスンは新品のレスポールとの引き換えという条件で持ち主に交渉し、ルーシーを手元に戻したのであった。深い思い入れがあったのだろう。

 

一方、エリック・クラプトンが自分の名前がクレジットされるのを拒んだことに秘めた想いは、一体何だったのだろうか。

もし彼のギターパートが世間の音楽ファンの不評を買ったとしたら、痩せても枯れてもビートルズの曲であるからには、未来永劫の笑い草になるであろうことでも恐れたのだろうか。

また、意地悪に考えれば彼はその後ジョージの妻、パティ・ハリスンと結ばれることになるが、(それでも彼ら二人の友情は続くのだが)実はこの頃からパティとの関係が始まっていて、その贖罪の念からギターが生む功名をジョージに差し向けようとしたのか?

  

普通に考えれば、ビートルズリードギターはジョージである上にジョージ自身の曲でもあるし、リードギターは誰しもジョージ・ハリスンが弾いていると思うだろう。

ところが、熱烈なファンたちの肥えた耳は欺けなかった。

彼らはあの素晴らしいギターソロは本来のジョージのレベルを優に凌駕していると確信し、インターネットの無い時代ながら、やがて弾き手がエリック・クラプトンであることが突き止められ、徐々に世に知られていった。

そして深い理由は解らないにせよ、エリックが本来光栄であるはずのビートルズ楽曲への参加の痕跡を残さなかった「男前」な振る舞いが、音楽ファンたちに大いに評価されることとなる。

 

エリック・クラプトン

70代半ばにして、未だに現役のギタリストの彼は、自らの波乱万丈の来し方を振り返るひとときもあるだろう。その時、あの伝説となった『ジェントリー・ウィープス』のギター演奏について、何を想うのだろうか。

その想いを、エリックは墓場まで持って行くつもりなのだろう。

 

いつの日か彼がこの世を去っても、エリック・クラプトンから譲り受けてからも数奇な運命を経たジョージ・ハリスンの遺品であるルーシーだけは、その真実を知っているのだろう。

 

 

The End

 

 

  

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